「いらっしゃい。そんな緊張しなくていいのに」
玄関のドアを開けた瞬間、彼女はいつものサーキットの笑顔とは少し違う、柔らかい表情で笑った。
レース会場では眩しい照明・フラッシュの中で何百人にも囲まれている彼女が、今は静かな部屋で、たった一人のため俺のためだけに立っている。そのギャップだけで胸が高鳴る。
部屋は彼女らしかった。
淡いベージュと白を基調にした落ち着いた空間。小さな花瓶、柔らかな照明、少し甘い香り。
「こういう部屋、意外だった?」
そう言いながら笑う彼女は、撮影会の時よりずっと自然で少しだけ無防備だった。
最初は普通の会話だった。
サーキットでの出来事、暑かった日の話、撮影会で変なポーズを要求されたカメラ小僧の話。
「レースクイーンって、キラキラして見えるかもしれないけど、普通に恋もするし、普通に寂しくなるんだよ?」
その言葉だけ妙に耳に残った。
「ちょっと待ってて」


彼女は寝室へ消え、しばらくして軽い部屋着姿で戻ってきた。
肩の力が抜けたラフな格好なのに、逆にドキッとしてしまう。華奢な肩、細い腰、脚のライン。その全部が、サーキットでは見えなかった“女性”としての空気をまとっていた。
ソファに座る距離も、少しずつ近くなる。
笑うたびに髪が揺れて、視線が合うたびに空気が静かに熱を持っていく。
「ねぇ」
彼女は小さく首を傾げた。


「今日だけは、“レースクイーン”じゃなくて、普通の女の子として見てほしいな」
そのあと見せた表情は、カメラの前では絶対に見せない顔だったと思う。
少し照れていて、でも期待していて。強気そうに見えるのに、本当はちゃんと恋をしたいと思っている、そんな顔。
やがて彼女は壁にもたれながら、少し視線を逸らした。
淡いブルーのランジェリーが柔らかな照明に溶け込み、白い肌を静かに際立たせる。
サーキットで見せる派手さとは違う、大人の女性らしい色気だった。
「……そんな見つめられると、恥ずかしいんだけど」
そう言いながらも、彼女は逃げなかった。
むしろ少しだけ距離を縮め、指先でそっとこちらの袖を掴く。
レースクイーンだって恋をする。
誰かに綺麗だと思われたくて、可愛いって言われたくて、本当は特別扱いされたくて。
サーキットの女神みたいに見える彼女も、部屋の中では、一人の恋する乙女だった。